横浜都市発展記念館

ハマ発 NEWS LETTER
  • ジェラール工場跡地を掘る
第9号 2007年10月

1 ジェラール水屋敷地下貯水槽

(国登録文化財)

横浜都市発展記念館と(財)横浜市ふるさと歴史財団埋蔵文化財センターでは、2005(平成17)年7月と2007(同19)年2月に、ジェラール水屋敷地下貯水槽(横浜市中区元町1―77)の周辺道路の発掘をおこなった。

貯水槽の位置する元町1丁目77番地は、明治時代にフランス人実業家ジェラールが工場を構えていた場所である。ジェラールはこの場所でフランス瓦や煉瓦(れんが)の製造をおこない、山手の湧水を堀川まで導いて船舶に供給していた。

調査では、現存するジェラール水屋敷地下貯水槽(図1)に接続する埋設管の確認を目的として、周辺道路の七箇所を調査した(2005年の調査については、『横浜都市発展記念館紀要』第3号掲載の概報を参照のこと)。ここでは、二度の発掘で出土した遺物のなかから、ジェラール工場製とみられる二種類の資料を紹介したい。

第9号 2007年10月

溝入り土管

2 溝入り土管の検出状況

(撮影:横浜市ふるさと歴史財団埋蔵文化財センター)

2005年の調査では、貯水槽北側の道路で、外側に溝の入った円形土管の列が検出された(図2)。これまで溝の入った素焼きの陶片が、フランス領事館・領事公邸跡(現・フランス山)や山手80番館跡(現・ブラフ80メモリアルテラス)の出土遺物で確認されていたが、完形品が出土したのは初めてのことである。敷設状況から、隣接する貯水槽(明治10年代築造と推定)に先がけて埋設されたものと判断された。

また2007年の調査では、方形の溝入り土管も発見され、円形と方形の二つの溝入り土管が実用化されていたことが判明した。ただし、方形土管は転用された形跡があり、もとは地中に埋設する導水管ではなく、洋館の煙突内部に貼りつける煙道管として製造されたと思われる。

溝入り土管については、前出の紀要第3号掲載の拙稿で詳しく紹介したが、外側に溝の入った形状は、機械を利用した押し出し成形によるものである。当時の日本では、土管の成形は木枠を用いた職人の手作業でおこなっており、機械成形の土管はきわめて珍しい。またジェラール工場の内部を紹介した銅版画に、同様の溝入り土管の成形機が描かれていることから、出土した二種類の溝入り土管はジェラール工場製であると考えている。

第9号 2007年10月

3 新発見の

ジェラール刻印煉瓦

(撮影:横浜市ふるさと

歴史財団埋蔵文化財

センター)

新型のジェラール煉瓦

ジェラール工場でつくられた煉瓦には、有孔煉瓦と無孔煉瓦の二種類が知られている。有孔煉瓦が機械による押し出し成形で作られるのに対して、無孔煉瓦はプレス成形によるもので、表面には月桂樹をあしらった美しい刻印が施されている。

今回、出土遺物の中から、これまでに知られていない刻印をもつ無孔煉瓦が発見された(図3)。完形品でないのが残念であるが、ジェラールの名前の一部とみられる”ARD”の文字が確認でき、刻印プレートを止めるネジ頭の跡がはっきりと残っている。また従来の刻印は片面にしかなかったが、これは表と裏の両面に刻印がプレスされている。

ジェラール工場の刻印をもつ無孔煉瓦は発見事例が少なく、使用実態についても不明な点が多い。こうした刻印煉瓦は、どの程度流通したのか。また刻印の違いによって製造年代の違いはあるのか。謎は深まるばかりである。

以上、新発見となる二種類の遺物を紹介した。ジェラールに関しては、フランス瓦や煉瓦への関心が高いながらも、これまで工場跡地の十分な調査はなされてこなかった。今回の新発見から「近代遺跡」としての重要性はさらに高まったといえるであろう。

最後に、今回の調査は元町クラフトマンシップ・ストリート、(有)ユー・エス・シーのご提案により実現にいたった。調査へのご支援に感謝いたします。

(青木祐介)