横浜都市発展記念館

ハマ発 NEWS LETTER
  • ―常設展示より― 120年前のアイスクリーム製造器

−常設展示より−

120年前のアイスクリーム製造器

今年の夏は猛暑でしたが、常設展示では暑い夏にふさわしい展示資料が加わりました。およそ120年前の「手回し式」アイスクリーム製造器です。

アイスクリーム発祥の地・横浜

横浜はアイスクリーム発祥の地です。慶応元(1865)年に、居留地103番地(現在の山下町103番地)辺りで、アメリカ人リズレーが開いたアイスクリーム・サロンが、記録で確認できるアイスクリームの製造・販売の第一号です。

リズレーは翌年横浜を離れてしまいますが、明治時代になると、日本人もアイスクリームの製造・販売を手がけるようになります。『横浜沿革誌』(明治25年発行)の明治2年6月の項には、次のように記されています。

「馬車道通常盤町五丁目に於て町田房造なるもの氷水店を開業す、当時は外国人稀に立寄、氷、又はアイスクリームを飲用す、本邦人は之を縦覧するのみ(中略)之を氷水店の嚆矢とす」

これが日本人によるアイスクリーム販売の最初の記録です。初めて見るアイスクリームに当時の日本人はなかなか手が出なかったようです。現在、馬車道にアイスクリーム発祥の地の記念碑があるのは、この記述がもとになっています。

第9号 2007年10月

1 手回し式

アイスクリーム製造器

伊藤武氏寄贈

当館常設展示

第9号 2007年10月

2 アイスクリーム製造器

の広告

村井弦斎『食道楽 春の巻』

(明治36年発行)より

横浜開港資料館所蔵

稲生文庫

家庭に広がるアイスクリーム

さて、アイスクリームの歴史をひもとくと、初期のアイスクリームは贅沢品で、手軽に食べられるものではありませんでした。一般の家庭に普及するきっかけとなったのは、1846年の「手回し式アイスクリームフリーザー」の発明です。この発明によって、家庭でも簡単にアイスクリームを作ることができるようになりました。(社団法人日本アイスクリーム協会『アイスクリーム図鑑』)

今回紹介する資料は、アメリカ製の手回し式製造機です。寄贈者の伊藤武氏(故人)がウィスコンシン州ミルウォーキーで入手したもので、上部の刻印から1889年12月製のものとわかります。木桶と中筒のあいだに氷と食塩、中筒には牛乳・生クリームを入れ、ハンドルで撹拌するとアイスクリームができあがります。

明治時代の後半には、こうした手回し式の機械が輸入・販売されており、日本の家庭でも使用されるようになっていました。当時の広告にうかがえるように、アイスクリームは洋風の生活への憧れとともに普及していったのでしょう。

(青木祐介)

  ミュージアム・クイズラリー
ヨコハマ2007
第9号 2007年10月
 上で紹介したアイスクリーム製造器は、夏休みの「ミュージアム・クイズラリーヨコハマ2007」のクイズにも登場しました。
 このクイズラリーは神奈川県立歴史博物館が主催し、当館をはじめ関内・山手地区の博物館・資料館16館が集まって、毎年夏休みに開催しているもので、小中学生を対象に、各館がバラエティーに富んだクイズを出題しています。
 子どもたちも興味津々だった120年前のアイスクリーム製造器。当時のアイスクリームはいったいどんな味がしたのでしょうか。