
「風と共に去りぬ」
上映のマックアーサー劇場
1953(昭和28)年
2〜3月
故奥村泰宏氏撮影
常磐とよ子氏所蔵
ごあいさつ
横浜市歴史博物館が平成5年に実施した聞き取り調査のなかで、舞岡(横浜市戸塚区)の金子欣二さんは、子どもの頃のこととして、「活動写真を見に伊勢佐木町まで徒歩で行った」「子どもの足で一時間くらいかかった」と語っています(横浜市歴史博物館民俗調査報告第一集『谷戸と暮らし―戸塚区舞岡―』)。明治42年生まれの欣二さんが「子どもの頃」と言えば、おそらく大正時代、ちょうど映画館の草創期に当たります。
当時、舞岡はまだ横浜市に含まれていなかったので、欣二さんはおそらく「伊勢佐木町へ」というよりも、「横浜へ行ってくる」という気持ちで出かけたにちがいありません。日用品は戸塚へ、家具や着物などは藤沢まで買い物に行ったという舞岡の人たちにとって、横浜はそれらの「町」よりさらに規模の大きな「都会」だったと思われます。映画館の存在は、都市横浜の魅力の一つでした。
それから約80年経った今日、映画はかならずしも映画館で見るものではなく、テレビで見たり、ビデオやDVDを借りてきて見るものとなりました。そのことによってより生活に根ざしたものとなったことは確かです。しかしその結果、一時間歩いて映画を見に行った少年の期待や感動は失われてしまったのではないでしょうか。そうした感動を取り戻すためか、最新技術の映画館が新たにオープンする動きも見られます。
本号では、映画館が都市横浜の魅力の一つとして輝いていた時代を振り返る企画展示「シネマ・シティ―横浜と映画―」に合わせて特集を組みました。ご一読のうえ、ご来館いただければ幸いです。