- 甦る神奈川駅 〜「関東大震災被害状況写真貼り込み帖」より〜
高島台から見た
神奈川駅周辺
大正10年頃

「JRの京浜東北線には東神奈川駅があるのに、どうして神奈川駅はないの?」
こんな疑問を持つ人は多いのではなかろうか。だが、実はかつて、横浜駅と東神奈川駅の間に「神奈川」という駅は存在した。それは青木橋のそばで、現在の京急神奈川駅と橋をはさんだ反対側である。
表題の資料は関東大震災直後の横浜市内の惨状を記録したものだが、この中に震災の前と後に高島台から撮影したパノラマ写真が貼り込まれている。上の写真はそのうち震災前(大正10年頃)のもので、中央に写っているのが神奈川駅である。省線(国鉄)のホームの脇に京浜電鉄(現京急電鉄)の車両が停車し、駅前の道路には市電の姿も見られる。
また、神奈川駅から伸びる線路は横浜駅に向かう東海道線の複々線(東京・神戸間の汽車線と京浜間の電車線)である。なお、この時点では横浜駅は現在の場所でなく、今の地下鉄高島町駅付近に置かれていた。これが2代目の駅で、初代の横浜駅は現在の桜木町駅にあたる。図に示すように横浜駅は東海道線のルート変更とともに移転を強いられる。
写真の右端には旧線路の敷地跡も写されている。これは初代横浜駅時代の東海道線で、ルート変更後も敷地が残されていたことがわかる。やがて震災後の1928(昭和3)年、横浜駅が現在地に移されると、この敷地跡が再び活用され、ほぼ現在の東海道線および根岸線の敷地となっている。そして、同時に神奈川駅は、新しい横浜駅から距離が近すぎるため、廃止される運命となった。
昭和に入ってすぐに消えてしまった神奈川駅については、あまり資料が残されていない。それだけに、その構内と付近の様子がよくわかるこのパノラマ写真は非常に貴重である。
末筆ながら、このような資料を当館に寄贈していただいた斉田三郎氏にこの場を借りて御礼申し上げます。
(岡田 直)
横浜駅の移転