- 常設展示より 大横浜土地案内絵図
大横浜土地案内絵図
1931(昭和6)年
当館所蔵
常設展示より
大横浜土地案内絵図
拡がりゆく住宅地
1927(昭和2)年、横浜市は隣接する町村を編入し、大規模な市域拡張を行った。同時に区制が施行されて中・神奈川・磯子・保土ヶ谷・鶴見の5区が誕生した。新しく横浜市となったエリアにはまだ市街地化されていない農地や丘陵地が多く含まれていた。それらの土地は、大正期に都市部に急増した新中間層、いわゆるサラリーマン層を対象とした新興の住宅地として次々に開発されていった。
「大横浜土地案内絵図」は、横浜土地協会によって1931(昭和6)年に発行された小冊子『大横浜土地案内』の付図である。「山手住宅地」「根岸住宅地」「浅間台住宅地」「菊名住宅地」などの文字が見られ、当時、横浜市内の丘陵地に造成されていた良好な住宅地群が一目でわかるようになっている。
ただし、この絵図は、横浜の都心に勤める人々よりも東京で働くサラリーマンに対して、横浜の住宅地としての魅力をアピールするものだったと言える。裏面の解説には、横浜は「帝都に近接し最も風光明媚たる絶好の住宅地」であるとうたわれ、「省線、京浜電鉄、東横電鉄を利用して東京の都心から横浜の何れの住宅地へも三十分乃至五十分を以て達することが出来る」と記されている。
横浜という一つの都市が東京のベッドタウンに組み込まれていく、その初期の様子を伝える絵図である。
(岡田 直)
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