横浜都市発展記念館

ハマ発 NEWS LETTER
  • 世界に伝えたい長崎の教会群 〜美しい海と大小の島々からなる自然豊かなこの地に〜

「横浜・長崎 教会建築史紀行」展に寄せて

世界に伝えたい長崎の教会群

〜美しい海と大小の島々からなる自然豊かなこの地に〜

長崎の教会群を世界遺産にする会事務局長

柿森和年

第3号 2004年8月

長崎の教会群分布図

五島灘に面する五島列島や平戸などの島々、長崎、外海(そとめ)、佐世保周辺には、幕末、明治、大正、昭和初期の貴重で価値ある教会が多数現存している。教会の多くは海に面した自然豊かな場所に建てられている。

これらの教会はパリ外国宣教会のフランス人神父らが設計・指導し、地元の大工が地域の材料を使い、信徒達の貧しい中での資金捻出と労働奉仕によって、まさに日本と西洋との文化の融合から生まれた建造物であり、歴史的(宗教史的)にも建築的、文化財的にも高い価値を有している。さらにその価値を大きく引き立てているのが、教会と一体となった民家や畑、石垣、小道、樹木などの歴史的環境と、小高い山や美しい海などの自然環境である。それは訪れる人達に深い感銘を与え続けている。

第3号 2004年8月

江上教会堂

奈留島に建つ。

1918(大正7)年竣工。

長崎県指定文化財。

第3号 2004年8月

窓に直接描かれた花模様

(江上教会堂)

第3号 2004年8月

奈留島の海岸

キリシタンが生活していた

地に残る豊かな自然は、

当時の厳しい生活環境を

物語っている。

第3号 2004年8月

堂崎教会堂

1908(明治41)年

竣工。

福江島北部の

海岸沿いに建つ。

長崎県指定文化財。

教会の歴史的な価値と立地場所の背景

長崎の教会には、1550 年にザビエルが種を蒔き、「東のローマ」とも言われたほどキリスト教文化が栄えた出会いと交流の時代、そして、禁教令によって神父もいないまま二世紀半、親から子へ、子から孫へ信仰が密かに伝えられた弾圧・潜伏の時代、さらに幕末、日本が開国し長崎居留地に大浦天主堂が建てられて信徒が発見され、1873(明治6)年にやっと信仰の自由が認められた喜びの歴史が内在している。

では、なぜ辺鄙な島々や半島に教会が建てられたのか、疑問をお持ちかもしれない。それは、江戸時代、潜伏キリシタンが生活した場所と関係している。私の生まれ故郷の五島列島に1566年キリスト教を伝えたのはイエズス会修道士アルメイダ(ポルトガル人)、ロレンソ(日本人)の二人であった。藩主や島民がキリシタンとなるが、徳川幕府による本格的な禁教令と弾圧がはじまり、表向きはキリシタンのいない島となった。

1800年前後、大村藩の外海地方から五島藩へ多くの貧しい人々が移住した。移住した人々はほとんど潜伏キリシタンで、新天地五島へ憧れと希望を持って旅立つ。

五島へ五島へ皆行きたがる

五島はやさしや土地までも

しかし、彼らの思いとは違い、労苦を強いられた。もともと五島には前から住んでいる人々が、島の中でも平地で作物が採れ交通の便利なところで生活しており、移住したキリシタン達は島の中でも、さらに辺鄙でやせた土地を開墾しなければならなかった。井戸を掘り自給自足の生活をしながら信仰を守ったのである。このことが、逆に現在、教会が自然豊かな場所に立地している理由となっている。

教会の建築的価値と文化財的価値

多くの人々が携わり諸文化の融合による傑作ともいえる教会は、初めは民家風の木造、さらに煉瓦(れんが)・石造り・鉄筋コンクリートと、多彩で時代ごとの建築の変遷が理解でき、また外観はもとより内部の天井、柱飾り、椿の花彫刻や色ガラスなど個々にそれぞれ豊かな個性をもっている。

長崎における教会の文化財指定・選定の現状は、国レベルとして国宝の旧大浦天主堂、重要文化財の旧五輪(ごりん)、青砂ヶ浦、頭ヶ島、田平(たびら)の各教会、南山手重要伝統的建造物群保存地区にある清心修道院(伝統的建造物)の6棟、県有形文化財として江上、宝亀(ほうき)、大野、野首、出津(しつ)、堂崎各教会の6棟がある。

今後の文化財指定は、教会を単体で捉えるのでなく群として保存の網をかけるべきである。一つにまとめることによって、文化財的な価値が広がり、付加価値が生じるのである。

文化的景観の価値とその保全

冒頭に述べたように島々や半島の辺鄙な場所に建っている教会は、自然環境と歴史的環境とが一体となった文化的景観の中に存在している。この大切な景観をいかに後世に守り育てていくかが今後の重要な課題でもある。

長崎市教育委員会に在籍していたとき、長崎居留地の町並み保存のため東山手・南山手重要伝統的建造物群保存地区の制定の仕事に十年間携わった。この経験から、教会を取り巻く小高い丘、海辺、古い民家、植生、教会へつづく小道、石垣や船着場などを併せて、教会とその周囲の環境や景観を一体的に保全することが必要であると考えている。

これまでに五島列島奈留島の江上教会と集落を伝統的建造物群保存地区にしようと、宮澤智士先生(元文化庁建造物課長・修復学会代表)と中田茂氏(当時NHK長崎放送局長)に働きかけをしていただいた。信仰によって教会を支えてきた人々の生活を次世代に残していくためにも、このような場所を町並み保存地区として守るよう、粘り強く地元に働きかけていきたい。

居留地の町並み保存の際、横浜の歴史を生かした街づくりや、横浜にある長崎関係資料によって多くのことを学ばせていただきました。また、今回、横浜都市発展記念館の企画展に長崎の教会を取り上げていただき、この場を借りて心からお礼を申し上げます。