
『御開港横浜大絵図二編
外国人住宅図』(部分)
1862年
当館所蔵
ごあいさつ
日本の都市のなかで長崎ほど数奇な運命をたどった都市はないでしょう。キリスト教の布教と弾圧、潜伏と復活、そしてこともあろうにキリスト教復活の舞台となった浦上天主堂の間近に原爆が投下されたのです。それにもかかわらず、本誌に寄稿された柿森和年氏の論稿「世界に伝えたい長崎の教会群」で述べられているように、大浦天主堂をはじめ、多くの教会群やそれをとりまく自然・歴史・文化環境が保存・再建され、今日なおキラ星の如く存在しています。
他方、極端に言えば「無から創造された町」である横浜には、幕末開港後、あらゆる教派のキリスト教が移植され、外国人居留地を中心に、個性豊かな教会建築が生み出されました。横浜で猛威をふるったのは自然災害、すなわち1923(大正12)年の関東大震災でした。その結果、すべての教会建築が破壊されました。しかし、その多くは日本人信徒や建築家の努力で再建され、第二次大戦末期の横浜大空襲にもかかわらず、そのほとんどが保全されたのは、不幸中の幸いでした。
5月22日から開催中の企画展示「横浜・長崎 教会建築史紀行」は、歴史の荒波のなかで保存され、あるいは再建されて今日に伝えられた教会建築を、文化遺産の一つとしてとらえたものです。教会建築の美しさとともに、そこに秘められた歴史のドラマをも感じとっていただければ幸いです。