- 「横浜にチンチン電車が走った時代」展より 開業40周年記念 市営地下鉄のあゆみ
昭和47(1972)年、横浜のまちを走っていた市電が全て姿を消しました。当館では廃止からちょうど40年になるのにあわせて、今年1月から4月まで特別展「横浜にチンチン電車が走った時代」を開催しました。市民の足として親しまれた市電に愛着を持つ方はたいへん多く、開館以来最高の入館者数を記録しました。
さて、市電が廃止されたその年、代わって市営地下鉄が開業しました。今年は地下鉄開通から40周年となる記念の年でもあります。この頁では、市営地下鉄40年のあゆみをふりかえってみたいと思います。
横浜で最初に地下鉄の構想が現れるのは昭和24(1949)年のことです。横浜市は戦災からの復興を目指して「横浜市建設計画概要」を作成し、広い市域内を回る環状の高速鉄道の建設を計画しました。そのうち臨海部や都心部の市街地区間が地下鉄とされました。
しかし、これは具体化せず、本格的な計画がなされるのは昭和40年代に入ってからです。昭和40(1965)年、「横浜の都市づくり」構想(いわゆる六大事業計画)が発表されました。六大事業の一つが高速鉄道、つまり市営地下鉄の建設です。翌年、市電の廃止決定とともに、その建設が決まりました。
図1 『横浜市の高速鉄道計画』(挿図)
昭和46(1971)年 榎本敏雄氏寄贈・当館所蔵
市営地下鉄の当初の路線計画図。1号線から4号線までの四路線として計画されていた。
横浜は埋立地からなる軟弱地盤のため、地下鉄の建設は多大な困難をともないましたが、昭和47(1972)年、横浜に最初の地下鉄が開通しました。東京、大阪、名古屋、札幌に次ぎ、日本の都市で五番目の地下鉄です。その区間は上大岡―伊勢佐木長者町の5.3�qで、上を走る鎌倉街道(県道21号)の渋滞が著しく、最も早期の開通を必要とする区間でした。ただし、ビジネス街の関内地区まではつながっておらず、伊勢佐木長者町駅から神奈川県庁まで無料の連絡バスが運転されました。
図2 「横浜市営地下鉄開通記念乗車券」
昭和47(1972)年 榎本敏雄氏寄贈・当館所蔵
図3 「地下鉄開通記念」
(メダル)
昭和47(1972)年
根津協氏寄贈・当館所蔵
図4 市営地下鉄開通当時の列車ダイヤ
昭和47(1972)年 花房幸秀氏寄贈・当館所蔵
その後、地下鉄の建設工事は急ピッチで続けられ、昭和51(1976)年、伊勢佐木長者町から関内、桜木町を経て横浜駅までと、上大岡から上永谷までが開通。初めて国鉄(現・JR)との乗り換えが可能になりました。そして、昭和60年代に北は新横浜まで、西は戸塚までの延伸が完成します。
図5
「横浜市営地下鉄開通・横浜〜上永谷」(ポスター)
昭和51(1976)年 榎本敏雄氏寄贈・当館所蔵
図6
「横浜スタジアムオープン記念」
(乗車券)
昭和53(1978)年
�ノ沼午郎氏寄贈・当館所蔵
横浜大洋ホエールズの本拠地となり、球場への足として地下鉄が活躍することになった。
図7
「横浜市営地下鉄・新横浜〜舞岡間開通記念」
(乗車券)
昭和60(1985)年 �ノ沼午郎氏寄贈・当館所蔵
図8
「戸塚にタッチ。
(地下鉄・戸塚〜舞岡間
開通記念高速鉄道優待乗車券)」(磁気カード)
昭和62(1987)年
横浜市交通局寄贈・当館所蔵
当時、人気のあったアニメのキャラクターが用いられている。
横浜市営地下鉄は平成以降も着実に延伸を続けました。平成5(1993)年、新横浜から港北ニュータウンを抜けてあざみ野まで開通。東京急行電鉄との調整に時間を要しましたが、あざみ野で東急田園都市線と接続することになりました。そして平成11(1999)年、戸塚から藤沢市に入り小田急江ノ島線の湘南台まで開通し、現在「ブルーライン」と呼ばれる40.4�qの路線が全通しました(正式な路線名称は湘南台―関内が1号線、関内―あざみ野が3号線)。
一方、横浜市内を環状に走る高速鉄道は、終戦直後の「横浜市建設計画概要」に含まれていましたが、市営地下鉄が計画された段階では、4号線(鶴見―元石川)の一部が残るだけとなりました。しかし、昭和60(1985)年の運輸政策審議会の答申には、「新設もしくは検討すべき路線」として、横浜(地下鉄)4号線(日吉―高田町―港北ニュータウン―横浜線方面)と横浜環状線(根岸―上大岡―東戸塚―鶴ヶ峰)が登場します。そして、これは平成12(2000)年の同答申で「横浜環状鉄道」(元町―根岸―上大岡―東戸塚―二俣川―中山―日吉―鶴見)となり、このうち中山―日吉間13.0�qが平成20(2008)年、市営地下鉄「グリーンライン」(4号線)として開通しました。
「グリーンライン」の軌間は標準軌(1435�o)、車両は鉄輪式リニアモーターカーです。「ブルーライン」に続く横浜で二本目の地下鉄の路線系統ですが、他都市の地下鉄が中心市街地を網目状にカバーする路線網を形成しているのに対し、「グリーンライン」は横浜の都心部を全く走らず、完全な郊外鉄道です。これは市域全体の面積に比して、中心市街地(歴史的核となる部分)の面積が小さいという横浜市の特質をよく表しています。
今後、ブルーラインはあざみ野から新百合ヶ丘への延伸が、グリーンラインは横浜環状鉄道としての完成が計画されています。
(岡田 直)