- 久米正雄宛のダイレクト・メール 〜モダン都市横浜と作家のモダン・ライフ
久米正雄宛のダイレクト・メール
モダン都市横浜と作家のモダン・ライフ

1 バッターボックスに
立つ久米正雄
こおりやま文学の森
資料館蔵
「螢草」「破船」などの小説で知られる大正〜昭和の流行作家・久米正雄(1891〜1952、写真1)。当館は昨年10月、久米に宛てられた書簡類160点を入手した。この資料群は昭和5(1930)年から15年の約10年間に、久米が鎌倉の自邸で受け取った横浜・鎌倉の百貨店・ホテル・飲食店・商店等からのダイレクト・メールや請求書が多くを占めており、昭和初期横浜のモダンな都市文化や久米の日常生活を垣間見ることができる。
横浜のモダン都市文化
写真2は横浜を代表する百貨店・野沢屋(伊勢佐木町)の昭和初期のダイレクト・メールである。イブニング・ドレス、アフタヌーン・ドレス、革のハンドバッグ・手袋、子供洋服などの洋装品が紹介されており、モダンな雰囲気のデザインとあいまって、戦前の百貨店が発信していた意外なまでに華やかな商品世界を見ることができる。写真3は野沢屋に対抗する存在だった横浜松屋(吉田橋)の案内状である。婦人・子供のオーバー、セーターの特価売り出しを告知しており、デザインは野沢屋よりも地味ながら、庶民にとってより親しみやすい洋装が提案されているようである。

2 「秋の雑貨金星会御案内」(野沢屋)
昭和初期 当館蔵


3 「婦人・子供
オーバとセーター
特価大会」案内状
(横浜松屋)
昭和初期 当館蔵
4 クリスマス舞踏晩餐会の案内状
(ホテル・ニューグランド)
昭和6(1931)年 当館蔵
ホテル・ニューグランド(山下町)からはクリスマス舞踏晩餐会の招待状(昭和6年)が届いている(写真4)。フランス郵船スフィンクス号のトリオとホテルの専属バンドが演奏するほか、余興として淡谷のり子の独唱も予定されている(「私此頃憂鬱よ」がヒットしたのはこの年)。写真5はホテル・ニューグランドにあった「ニューグランド・キャバレー」のカードである。裏面にはアメリカ最初の女性ジャズバンドが演奏することも記されている。ホテル・ニューグランドは、横浜におけるモダン文化の重要な発信地であった。

5 ニューグランドキャバレーのカード
昭和10(1935)年 当館蔵
「外出着(よそゆき)」のモダン・ライフ
久米正雄は、昭和初期にはすでに流行作家として名をなしており、以上のようなモダンな都市生活を十分に享受できる立場にあった。随筆からは帝劇で演奏会を聴き、鶴見花月園でダンスに熱中したことがうかがえるし(「私の社交ダンス」『久米正雄全集』第13巻、改造社、1931年)、野球・ゴルフ・スキーなどスポーツを嗜(たしな)んでいたことも知られている。今回入手した資料のなかにも、藤沢カントリークラブのゴルフプレイ代請求書、野球ユニフォームの請求書(写真6)、明治屋(横浜)から購入したパンの勘定書(ほぼ一ヶ月間毎日購入)、鎌倉二階堂に新築した自邸洋風応接間の設計図面(邸宅は郡山市に現存)など、久米のモダンな生活ぶりを裏付けるものが含まれている。


6 野球ユニフォーム上下、帽子、
ストッキングの請求書
(吉本運動具店)
昭和5(1930)年 当館蔵
7 横浜松屋の12月の売り出し案内状
昭和初期 当館蔵
では久米自身はモダンな生活というものを、どのようにとらえていたのだろうか。久米はある随筆のなかで「モダーン・ライフ」の例として、カフェーやダンス・ホール通い、レビューの観劇、野球観戦、ゴルフのプレイ、自動車の所持とドライブ、装飾した客間等をあげている。しかし、「モダーンと云ふ言葉ほど、感じで分つてゐるやうで、実はよく分つて居ない言葉はない」「衣食住とも、打つ買ふ飲むの三拍子揃つて、真にモダーンな生活をしてゐる人」はいないと書き、さらに「モダーン・ライフ、それは現在では、結局、外出着(よそゆき)である」と結論づけている(「外出着のモダンライフ」(『久米正雄全集』第13巻))。十分にモダンな生活を送っていたかのように見える久米にとっても、それは「普段着」のようにしっくりとくる生活スタイルではなかったようだ。
実際のところ、今回入手した書簡類のなかには久米が横浜の料亭で芸妓をあげて飲食した際の請求書が含まれているし、百貨店からのダイレクト・メールにも着物や五月人形といった伝統的な商品の案内が多く見受けられる。写真7は横浜松屋の12 月の売り出し案内状だが、クリスマスをイメージさせるデザインを配しながらも、そこには着物や羽子板・屏風などの伝統的な商品が記されている。
大正から昭和初期にかけて一般の人々のあいだにも新しい生活スタイル(「モダーン・ライフ」)が入り込んできたが、伝統的な生活様式はまだ根強く残っていた。モダンな生活とは意識的(あるいは部分的)に採り入れられるようなことだったのだろう。「モダーン・ライフ」は「外出着」であるという久米の指摘は、当時の多くの人たちが「モダン」に対して感じていたことを、作家ならではの鋭敏な感性で言い当てているように思われる。そして、久米が保存していたダイクレト・メールからは、モダンと伝統が入り混じっていたこの時代の生活と文化をよくうかがうことができるのである。
久米正雄関係資料の詳細については吉�負�規「久米正雄関係資料目録」(『横浜都市発展記念館紀要』第6号、2010年)をご参照ください。また、本資料の一部は今年9月18日から開催する特別展「モダン横濱案内」で初公開する予定です。
(
)