
長者町付近から
オクタゴン・シアター
を望む
昭和28(1953)年5月
広瀬始親氏撮影寄贈
横浜開港資料館所蔵
ごあいさつ
「戦争を知らない子供たち」という歌が流
行(はや)ったことがあります。昭和46(1971)年のことでした。作詞者も作曲者兼歌手もわたしと同年代ですが、「ちょっと違うんじゃないかな」と思ったのを覚えています。「団塊の世代」などと、数が多いことだけで特徴付けられるのも不愉快ですが、「戦争を知らない」ことを”売り”にするのもいかがなものか。命からがら戦地から引き揚げてきた父親たちと、「銃後」の生活に耐えた母親たちから未来を託された子どもたちなのですから。空襲や接収を経験した地域とそうでない地域では感じ方が違うのかもしれません。
朝鮮戦争が勃発し、日本が特需景気に沸いた昭和25年、横浜国際港都建設法が制定されました。33年には開港百年祭が開催され、これを記念して『横浜市史』の刊行や新市庁舎の建設が進められました。人々はようやく戦争をも歴史的な出来事として相対化し、開港以来の歴史を振り返りながら、未来を構想しようとしたのでしょう。「団塊の世代」も小学校高学年に達していました。
2月から当館で開催される企画展示「横浜ノスタルジア―昭和30年頃の街角―」は、そうした体験を遺伝子を通じて受け継いでいる若い人々に対しても、”歴史の中で生きている”ことを実感させてくれることでしょう。