横浜都市発展記念館

開催概要

会期
2015年4月25日~6月28日
会場
横浜都市発展記念館
開館時間
9:00~17:00(券売は16:30まで)
休館日
毎週月曜日
「時計屋さんの昭和日記」
 
左=個人蔵
左から2番目=横浜市史資料室蔵
左から3番目=横浜市史資料室蔵
右=谷崎時計店の前で(個人蔵、昭和10年代)本展の主人公・下平政熙は後列左
 
 
 
主催 : 横浜都市発展記念館
共催 : 横浜市教育委員会
協力 : 横浜市史資料室
後援 : 朝日新聞横浜総局/神奈川新聞社/毎日新聞横浜支局/読売新聞東京本社横浜支局/
日本経済新聞社横浜支局/横浜放送局/
 
   
[開館時間]  9:30~17:00 毎週水曜日は19:00まで開館時間を延長します。(券売は各30分前まで)
[休館日] 毎週月曜日(ただし5月4日(月祝)は開館し、7日(木)は休館します。)
[入館料] 一般 300円、 小・中学生 150円
この料金で当館常設展および横浜ユーラシア文化館もご覧いただけます。
毎週土曜日、小・中学生と高校生は無料です。
当館へのアクセスは、利用案内をご覧ください。
 
 
  昭和5年(1930)、12歳の少年が信州の伊那谷から横浜・根岸の時計屋にやってきた。
少年は華やかなモダン都市の空気を吸いながら時計修理の腕を磨き、青年へと成長していく。
やがて戦争がはじまった。生活は徐々に苦しくなり、昭和19年、青年はついに出征した・・・・・・。昭和21年、戦争から復員した青年は空襲で変わり果てた横浜を見た。
食糧事情が逼迫する厳しい時代。しかし、一心不乱に仕事に打ち込んだ青年は自分の時計屋を滝頭に開く。
昭和26年、青年は妻を迎え、やがて子をなした。日本の高度成長はまもなくはじまる・・・・・・。

青年の名は下平政熙(しもだいらまさひろ)という。政熙は横浜にやってきたその日から平成6年(1994)に76歳で亡くなる前日まで日記をつけていた。ことに戦中・戦後混乱期の日記には、この時代の生活と世相が臨場感豊かに描かれており、読むものをひきつけてやまない。
今年は戦後70年を迎える。本展では、昨年存在が明らかになったこの日記をもとに、激動の時代(1930~51年頃)の横浜のくらしと世相を、一人の青年の視点から追っていきたい。

 
下平政熙氏の日記
下平政熙氏の日記 (個人蔵)
 
 
 

ストーリー・資料紹介

プロローグ 伊那谷から横浜へ
下平政熙は大正6年(1917)長野県下伊那郡上郷村(現飯田市上郷飯沼)の小作農の長男として生まれた。飯田を中心とする下伊那は養蚕が盛んな地域で、生糸の輸出港として栄えた横浜とのつながりも深い。しかし、父は経済的に恵まれず、子供には手に職をつけさせなければならないと考えていた。



第1章 修業時代 ~時計店のくらしとモダン横浜~

昭和5年(1930)、12歳の政熙は、西根岸(磯子区)の谷﨑(やざき)時計店に奉公するため、横浜にやってくる。政熙は店主や兄弟子たちから仕事を教わる一方、華やかなモダン都市横浜の空気を吸いながら、青年へと成長していく。

「今日は定休日でお掃除をきれいにしてから御飯を頂き、遊びに出かけ、伊勢佐木町まで歩いて相がみ屋(相模屋)・野沢屋へ行き、十銭パンを買つて昼食とした。パンを横浜公園でたべてから桟橋へ行き、大洋丸の出帆を見て、横浜駅の方へ行き、野毛公園で震災記念館へ入らんと・・・・・・」
(昭和5年5月20日、13歳)

第2章 長引く戦争
昭和12年盧溝橋事件が勃発、日中戦争がはじまった。この年、二十歳を迎えた政熙は、郷里で徴兵検査を受け乙種合格となる。政熙は戦地に赴くことを強く意識しながら、時計修繕の仕事に励む。昭和16年、太平洋戦争が勃発。戦局の悪化にともなって、生活は苦しくなりつつあった。

「勇ましい軍歌のブラスバンドに送られて出征軍人が来た。バタバタと花火がきこえて、〇〇君万歳の歓呼の声が近づいて来た。・・・・・・店へ来られるお客様も皆国旗一本持って入つて来らる。皆国旗を持たねば片身(肩身)がせまい様だ」
(昭和12年8月26日、20歳)

第3章 横浜の空襲
昭和17年4月18日、本土にはじめて米軍の空襲があった。政熙もこの日はじめて米軍の爆撃機を見た。このころから警防団が中心となり空襲に対する訓練が本格化する。昭和19年3月政熙もついに戦地に発った。そして昭和20年、横浜は米軍の空襲によって焦土と化す。

「午前八時警戒警報発令され、午後〇時半空襲警報発令と同時に敵機一機目撃する。高射砲の弾幕の中を低空飛来して中村町・堀の内へ焼夷弾投下する。七八軒へおちたが死者なし。機敏の処置で大事に至らざりし由。何かひらひらおとしたのを見る。初めて見た灰色の大形機がゆるゆると飛んで来た時には本当とも思へなかつた」
(昭和17年4月18日、25歳)

第4章 復員 ~戦後混乱期の世相~
昭和21年5月、政熙は大陸から佐世保に復員。横浜に帰り、変わり果てた街を見る。焼野原となった横浜は米軍に接収されて、街には米軍の兵士が闊歩していた。さらに横浜の食糧事情は逼迫しており、政熙は苦しい生活を忍びながら家の復興に立ち向かう。

「変りはてたザキも復興の色が浮んで居る。早くも建てられた新しい店が、バラツクと共に店はひろげられて居た。野毛のマーケツト、俗に云ふヤみ市には商品も次第に並べられてあるが、値の高い事は云ふまでもない」
(昭和21年7月18日、29歳)

エピローグ 新たな家族を迎えて
昭和23年1月、政熙は自分の時計店を滝頭に開業させた。そして昭和26年4月、政熙は妻を迎え、翌年には長男が誕生する。この年、横浜は接収解除が進み、経済状況も回復してゆく。日本の復興と歩みを揃えるように下平家にも明るい光が差し込んできた。

関連事業

●ギャラリー連続講座
「時計屋さんの横浜日記を読み解く」
◎演題・日程
 (1)モダン都市のくらし(昭和5~9年)  5月2日(土)
 (2)戦争がはじまった(昭和10~14年)  5月16日(土)
 (3)苦しくなる生活 (昭和15~19年)  5月30日(土)
 (4)空襲と占領軍  6月13日(土)※特別講師:羽田博昭氏(横浜市史資料室)
 (5)戦後混乱期の生活事情 (昭和21~26年)  6月27日(土)
*講師:(4)以外は展示担当調査研究員
◎時間 14~15時
◎会場 当館1階ギャラリー
◎申込方法 事前申込不要 先着順 30名
◎受講料 各回200円
●展示担当者による展示解説
5月3日(日祝)、5月13日(水・夜間)、5月31日(日)、6月14日(日)
5月13日(水)は18時~ その他の日は14時~ 45分程度
●旧第一玄関写真展「家族の風景―昭和30年代、下平家のアルバムより」
日程:4月25日(土)~6月28日(日)
会場:当館1階旧第一玄関
下平家のアルバムから、家族と昭和30年代の横浜の風景を見つめます。

●ワークショップ
「日記にみる戦前・戦後のくらしを体験してみよう!」
日程:会期中の毎週土曜・日曜・祝日
●開港記念日は無料開館!
6月2日(火)の開港記念日は無料開館します。展示関連イベントも開催!
●特別展関連書籍「時計屋さんの昭和日記」発売中!
出展している資料はほぼ収録。日記を読みといてより詳しい解説をつけました。
900円+税・96頁。
通信販売をおこなっています。
■戦後70年 関連展示
◎横浜市史資料室
ミニ展示「戦後70年 戦争を知る、伝える 横浜の戦争と戦後Ⅱ」
4月中旬~7月中旬
◎横浜開港資料館
「防空演習と警防団」(仮)
特別資料コーナーでのミニ展示
5月9日(土)~5月31日(日)